JAしおさい波崎青販部会安全性と美味しさにこだわった日本一のピーマン産地〜日本農業賞金賞受賞
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波崎ピーマンの歴史

〜波崎青販部会の歩み〜
1967年
(昭和42年)
波崎町青果物共販連合会設立
町内23組合 約250名 売上8,900万円
鹿島農対事業(県補助)開始
旧松地区の鹿島開発用地提供農家のハウス設立者へ
個別補助(42年〜48年まで2億6千万円)
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  1968年
(昭和43年)
ピーマン更新剪定の計画化
撰果統−の講習会の開催
ダンボールの統−、−括購入
     
  1969年
(昭和44年)
長野、名古屋方面への出荷開始
露地栽培が消え、すべてハウス栽培ヘ
越冬ピーマン研究会(温室部)発足
     
  1970年
(昭和45年)
夏秋ピーマン野菜産地指定を受ける
婦人部発足
     
  1971年
(昭和46年)
25号台風で施設作物の被害大
精算にコンピューターを導入
     
  1972年
(昭和47年)
野菜指定産地、生産出荷近代化事業(第1年)
集荷所1ケ所、自動包装機3台、トレンチヤー11台他
須田園芸連と合併
売上6億8千万円
     
  1973年
(昭和48年)
波崎町農協青販部会となる
33支部 約350名 売上8億6千万円
野菜指定産地生産出荷近代化事業(第2年)
自動包装機2台、電算機1台、トラックスケール1台他
抑制ピーマン方式導入
 
  1974年
(昭和49年)
野菜指定産地生産出荷近代化事業(第3年)
自動包装機1台、コンピュータースケール2台
オイルショック
園芸装置化事業、貸与事業
2ha、12戸、1億8千万円
10億突破、園芸振興大会開催
 
  1975年
(昭和50年)
昭和47年〜49年の近代化事業により、共撰所利用者も増え、売上16億5千万円
若の松ハウス貸与事業開始(越冬ピーマン)
 
  1976年
(昭和51年)
鹿島農対事業
自動包装機1、コンピュータースケール1
ビニール汚染対策に「鹿島南部施設園芸生産安定事業団」が設立される
ピーマン北海道へ初出荷
 
  1977年
(昭和52年)
野菜指定産地整備事業
自動包装機1、コンピュータースケール2
予約相対取引の開始
 
  1978年
(昭和53年)
クレハ化学と園芸培土の研究開始
ノーテン病の被害大
冬春ピーマン野菜産地指定を受ける
同年出荷産地ヘ
鹿島三町組織にて東京駅で消費宣伝
 
  1979年
(昭和54年)
普及所の協力により「ピーマン産地の発展方向」をまとめる。
タバコ蛾対策として寒冷抄の使用義務づけ
価格補償制度確立
5,820t(年間出荷量の70%)の契約
S54年交付金91,110,071円
台風20号による被害大
 
  1980年
(昭和55年)
農協との経理の一本化(第1次)
ノーテン病(TSWV)はスリップスの防除によって解消
 
  1981年
(昭和56年)
半促成ピーマンの完全植替型が実行される。
赤緑黄の三色ピーマンが現れる。
 
  1982年
(昭和57年)
共販実綾最高の28億5千万円に34支部、会員416名
300gパック詰を一部実施
 
  1983年
(昭和58年)
共撰所の統合〜須田、太田、川尻の三共撰所が須田へ統合
予冷庫の導入
農協との経理の完全一本化実現
県銘柄産地指定(市場の整理20社へ)
 
  1984年
(昭和59年)
婦人部長(青柳みどり)県代表でアメリカ研修視察
農協本所建設
ダンボール意匠現行の経済連続一実現
 
  1985年
(昭和60年)
大型台風6号により被害大
施設作物で20億円(町調べ)
東京で行われる市場担当者会議へ毎週常任委員が参加
促成U型(春の早出し)が増加
大洗−北海道カーフェリー就航
 
  1986年
(昭和61年)
ビーマン販売安値基調
K割単価〜240円、価格補償136,248,000円
袋詰6Kから7.5Kへ変更バーコード使用
 
  1987年
(昭和62年)
タバコ蛾の被害大〜県へ対策要請書提出
品種の統一(同型の土佐かつらと新さき2号へ)
創立20周年記念大会
 
  1988年
(昭和63年)
日本農業賞金賞受賞
ピーマン新品種開発事業開始
 
  1989年
(平成元年)
婦人部の協力を得てピーマン消費宣伝の実施
ピーマン撰別機の研究(浜松 マキ製作所)
 
  1990年
(平成2年)
ピーマン販売高値基
K単価〜332円 販売高27億8千万円
PSP苗木導入
須之内部会長アメリカ農業視察
 
  1991年
(平成3年)
昨年に続きピーマン販売最高値
K単価〜478円 販売高34億2千万円
コンピュータースケール、自動包装機4セット入替
新品種「神波」発表
秋の長雨、台風により被害大
 
  1992年
(平成4年)
茨城県青果物銘柄産地育成10周年記念大会
関東農政局長賞受賞
創立25周年記念30億円突破園芸振興大会
水戸市(水戸中央青果)より表彰
須之内部会長 「知事を囲むつどい」 懇談会
高橋瑞男副部会長 ニュージーランド、オーストリア研修視察
 
  1993年
(平成5年)
名古屋市(名果)より表彰
千葉市(千葉青果)より表彰
温室部先進地研修会、JA宮崎市、JA西都市〜波崎青色申告会設立
K単価〜425円 販売高38億4千万円
 
  1994年
(平成6年)
DB強度テスト始まる
川崎市(川崎果)より表彰
 
  1995年
(平成7年)
ピーマン「惚れ2ドリーム苗」苗導入(促成)
黄化エソ病(のうてん病)猛威
JAしおさい(旧大野村、旧鹿島町、神栖町)と合併により、
  JAしおさい波崎青販部会に名称変更
小田温室部長中国農業視察
 
  1996年
(平成8年)
中国農業研修生受入始まる
「惚れ2ドリーム苗」講習会
 
  1997年
(平成9年)
DB茶箱になる
消費税5%へ引き上げ
創立30周年記念大会賞
福島県野菜技術者協議会
JA茨城園芸振興大会
環境にやさしい農業推進大会
 
  1998年
(平成10年)
茨城県銘柄産地15周年記念
室温ピーマン作付調査
 
  1999年
(平成11年)
埼玉県上尾市長表彰
園芸日本一「10アップ運動」推進大会
岩手県JA九戸村より視察
 
  2000年
(平成12年)
ピーマン生産技術研究会
ピーマンタバコモザイク病対策検討会
園芸日本一10アップ推進大会
 
  2001年
(平成13年)
ピーマン生産技術研修会
臭化メチルにかわる防除技術について
産地体験交流会
 
  2002年
(平成14年)
農薬安全使用基準及び残留農薬講習会
ピーマン天敵防除現地圃場研修会
東京小金井中学校農業体験学習
 
  2003年
(平成15年)
ピーマン病害虫防除栽培講習会
施設栽培台風災害対策研修会
消費者産地交流会
東京小金井中学校農業体験学習
 
  2004年
(平成16年)
園芸振興記念大会
ピーマンノーテン病対策講習会
消費者産地体験交流会
 
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